健康管理とは「90歳を超えても、頭脳明晰で、自分の足でどこにでも行けて、痛い・痒いがなく、意欲高く、見た目の姿は50歳」を実現することを目標として取り組む諸行為のことである

健康管理とは「90歳を超えても、頭脳明晰で、自分の足でどこにでも行けて、痛い・痒いがなく、意欲高く、見た目の姿は50歳」を実現することを目標として取り組む諸行為のことである

健康ブームが高まったのは、平成3年ごろからです。平成初期の不動産バブルがはじけた後です。それまでは、あるテレビコマーシャルで、
「24時間戦えますか?ビジネスマ~ン、ビジネスマ~ン、ジャパニーズビジネスマン」と放送されていたことを象徴とするように、健康をすり減らしてでも働き抜く、というのが美徳とされていました。その美徳感のもとで、日本は高度経済成長を成し遂げ、バブル経済を経験したのです。

平成2~3年にバブル経済の崩壊を迎えた後、お祭り騒ぎの後の虚無感の中、そして借金苦による自殺者が急増する中、健康ブームが芽生えたのです。
「莫大な借金が残った。しかし、健康でありさえすれば、何とか乗り越えられる」
という悲壮なものから、
「もう健康をすり減らしてでも仕事する、というほどの仕事がなくなった。しかし、見渡してみると、バブルのおかげで、建物は豪壮になり、面白い遊び場もたくさんできているではないか。これらの充実した社会資本を楽しむためには、健康でなければならない」
というポジティブな思いまでを含めて、とにかく、健康ブームが訪れたのです。

当初、そのブームは「医師への不満」で表出されました。それまでは、医師の指導や医師の施す治療方針に、唯々諾々と従っていた患者たちが、「俺たちは健康を求めている。俺の身体に関して、もっといろいろしゃべってくれよ」と言い出したのです。
新聞の一面にも、「3時間待ちの3分診療」「薬漬け、検査漬け」「説明不足」のキーワードが列挙され、まとめると、「医師への不信募る」という表現で掲載されていました。医師がなることには文句を言ってはいけなかったのに、バブル崩壊と同時に、「不平・不満の象徴」として扱われるようになったのです。

当初、医師側は、この患者の変化に対して何が起こっているかわからず、右往左往したり、逆切れしたりするだけでした。しかし、まもなく、独断専行で治療をすすめるのは駄目で、治療方針、治療内容を説明して、同意を得たうえで、治療を実施していくという「インフォームドコンセント」の概念が普及しはじめ、その後10年以上をかけて、ようやく定着をみたのです。

さて、健康ブームが芽生えた時点で、一般国民にとって、人体は神秘のゾーンでした。肝臓がどこにあり、腎臓がどこにあり、すい臓がどこにあるか、知りません。人体の構造と各部の役割という最も基本的なことを知らないのです。学ぶ機会が全くなかったのですから、やむを得ません。
だから、テレビ番組で、人体、健康のことが視聴率を高めるようになりました。みのもんたさんの番組である通称「おもいっきりテレビ」は、健康をテーマとすれば視聴率が高まる、という事態を生み出し、まさに健康ブームを象徴する番組となっていきました。

さて、医師は病気になった人を治療するのが仕事です。病的状態を訴える人に対して、診断学、治療学を遂行していきます。医師は、その分野のプロです。しかし、その医師は、実は健康な人を目の前にした場合、何をしていいのかわかりません。「人間ドックに行って、年に1回は身体をチェックしなさい。早期発見早期治療が大切です」と語ることしかできないのです。
健康ブームの高まりは、病気の治療を望んでいるのではなく、「病気にならない身体」「体調絶好調の身体」「健康の維持、増進」を望んでいるのです。

つまり、「健康管理学」という学問が、求望されることになりました。しかし、そのような学問は、まだ医学界に存在しません。つまり、健康管理学は、「医師がそれを学ぶ」という段階以前の問題であり、その学問を作らなければならないという段階だったのです。極端なところ、「健康管理とはどうすることですか?」に答えることさえできないのです。
「毎朝、散歩する」「年に1回人間ドックに行く」「塩分を控える」「腹七分目」などは、健康管理の一手法であって、「健康管理とはどうすることなのか?」の答えになっていないのです。

そんな中、私は一念発起しました。
「生涯をかけて、健康管理を学問化させ、その学問に基づく実践指導体系を築いてみせる」と。平成4年のことです。当時、私はまだ29歳ながら、慶應義塾大学病院で内科外来を担当させてもらうという僥倖の最中でした。

健康管理に話を戻しましょう。
私たちは日常、「〇〇管理」という表現をよく用います。在庫管理、人事管理、経理管理、などです。その単語をよく用いているのに、「〇〇管理とは、どうすることか?」と尋ねられると、意外と答えにくいのです。「数にして表にする」「業績を数値化する」「動いたお金を表にまとめる」などは、「〇〇管理」の一行為にすぎません。「〇〇管理とは何か?」の答えではないのです。
それを考えているうちに、思い当たりました。
どんな分野にも理想像があります。在庫管理、人事管理、経理管理のそれぞれの分野で、「これが理想像である」というものが存在します。その理想像は、それぞれの会社がそれぞれの自己の言葉で、掲げることになります。その理想像を実現していくことこそが、〇〇管理です。表にする、数値化するなどは、諸行為の一つにすぎません。

「人体の未来の理想像は何か」を考え、それを実現するための諸行為が健康管理である、と定義すれば、わかりやすくなりました。そして、冒頭の「健康管理とはどうすることか」の答えを得たのです。平成10年に、東京新聞の私のコラムで発表しました。

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