みぞおちのやや左側がときどき痛む


 「あ、また痛くなってきた。イテテッ」
 44歳のS氏はみぞおちの左側、左の肋骨の下端のちょっと下を右手の中指で抑え始めます。
 S氏のそのポーズが目立つようになってきました。よく一緒に飲みに行くのですが、ここ1ヶ月は毎回のことになっています。その症状が出始めたのは、3ヶ月ほど前です。
 この部分に痛みが起こるとしたら、胃の病気―胃炎や胃潰瘍、胃ガンが考えられます。もちろん、症状の出始めの頃に近所の病院の受診をすすめました。そこで、バリウムの胃透視検査を行ったそうですが、異常なしといわれた、と本人は言うのです。胃に異常がなければ、大腸が考えられます。大腸の一部に通過障害を起こすところがあって、そこでひきつれたような痛みがでているのかな、とも思いました。しかし、いつも一緒にお酒を飲んでいる私の直感では、どうも様子が違うのです。お酒の一杯目を飲んだ直後くらいから、痛いと言いだします。直後に痛がるということは・・・やはり、胃に病変があるような気がしてなりません。
 S氏に胃カメラを薦めました。しかし、S氏もなかなか頑固で、言うことを聞きません。「検査(胃透視)で、胃は大丈夫といわれたのだから。胃カメラなんて苦しそうな検査はやりたくない。放っておけばそのうち治るよ」
 S氏の胃には、ピロリ菌が宿っていることが以前の検査でわかっていました。だから、やはり気になります。
 「バリウムの検査で異常なしといわれても、胃カメラをやると胃ガンが見つかることもあるのですよ。また、バリウムの検査では胃の粘膜の色が変化しているだけの病変を見つけることができません。そのように症状が続くのだから、絶対に検査を受けるべきです」
 とだけ、言い置きました。
 ついに、胃カメラを飲まないまま、さらに2ヶ月が過ぎました。突然、電話がかかってきました。昨夜から例の痛みが急にひどくなり、今朝、胃カメラをやったというのです。
「先生、オレ、胃ガンだってよ。すぐに手術するといわれてるのだけど・・・。どうしたらいいのかな」
 突然、胃の手術が必要だといわれ、パニック状態に陥っているようです。
 胃ガンの早期なら、開腹の手術をしなくても、治療する方法はあります。手術をすすめられたということは、早期ガンではないことを意味します。いや、必ずしもそうとは限りません。病院側の都合で手術をしましょうと言われることもないわけではないのです。とりあえず、S氏と一緒にその病院にいって、検査所見をみせてもらいました。
 胃カメラの所見では、確かに単純な早期ガンではなく、内視鏡でつまみとったり、レーザー照射で治療できるという範囲のものではなさそうです。ただし、腹部CTで、明らかなリンパ節転移があるわけでもありません。確かに、担当医が言うとおり大急ぎで手術するべきです。転移する前にとりきれるかどうかが運命を左右します。
 それにしても、よくその場ですぐに担当医が胃カメラを行ってくれたものです。感謝しなければいけません。通常なら、「とりあえず薬で痛みをとりましょう。胃カメラが必要ですから、申し込んでいってください」といわれ、胃カメラはさらに後日に行うことになるのです。
 手術の結果を聞くのには、ひやひやしました。腹部CTで転移が認められなくても、開腹した瞬間、お腹の中がガンだらけ、ということもあるからです。お腹の中がガンだらけになっている様子を、「ガンの腹膜幡腫」といいます。幸い、腹膜幡腫はなかったようです。
 手術の際には、胃の周りのリンパ節を摘除します。手術中に肉眼的にわかるリンパ節への転移がありました。だから、広範囲にわたってリンパ節を取り除きました。胃の3分の2を切除しました。手術後、1ヶ月でS氏は、15kgほど体重が減ってしまいました。
 あれから5年以上経って、S氏はまだ生きています。手術がうまくいったのです。非常に運が良かったのです。普通ならすでに死んでいてもおかしくないでしょう。
 それにしても・・・。最初の胃の透視検査で「異常なし」といわれたのは何だったのでしょうか。